明け暮れ
ざあ、と風が吹く。頭に巻いた鉢巻がばたばたと旋律を奏でながら踊り、真白な羽織りも其れに倣って大きく揺れる。手にした刀から、紅色が零れ落ちて地を染めた。
戦に身を投じてから、何度この日を迎えただろう。失われていく命が多くある中で、まだ生きているこの命を――護る事の出来ない臆病者の魂を、如何して祝福出来るというのか。
以前、そういう事を桂に漏らした事があった。そうしたら、やはりというべきか……彼は盛大に眉根を寄せて馬鹿か貴様は、と溜め息を吐いていた。
(嗚呼、)
己は確かに、傍から見れば馬鹿なのだろう。己の業にしがみ付いて其れを生きる糧としている、愚かな修羅(おに)。戦場で一人でも多く護ろうと刃を振り翳す、そんな事をずっと続けているだけの臆病者。
故に、失うのが怖いのだ。護るものが存在していない限り、己は生きてはいられない。
だから、己は今日も白夜叉として――暗い戦場を駆けるのだ。
*
戦が終わったのは、逢魔が時を過ぎた頃だった。
他の志士達が身体に負った怪我を診てもらう為に医療班の許へ足を向ける中、己は自分に宛がわれた部屋へと向かっていた。
雪の様な冷たさを宿した廊下に足を乗せ、ゆっくりと歩いて行く。もう少しで己の部屋に辿り着こうかという、其の時であった。
「銀時」
聞き慣れた声が、鼓膜を穏やかに刺激した。立ち止まって振り返ってみれば、其処には酒瓶を一本抱えた桂が。彼の後ろには、医療道具を持った坂本と、何かを包んでいるであろう風呂敷を抱えた高杉が居て。
己はすいと目を細め、そのまま何も言わずに己の部屋へと足を踏み入れた。
(……毎年毎年、よく飽きねェな)
そう思いながら、真白な羽織り――今は所々血や泥で汚れてしまっている――を脱ぎ捨て、畳の上に胡坐を掻いて座る。上半身を覆っている着物を肩から落として止血をしようと転がっていた包帯に手を伸ばしたら、其の手をぱしりと掴まれて。
「…………」
視線を滑らせて上を向けば、そこには案の定桂の姿があって。
彼から放たれる無言の圧力に、己は諦めて胡坐を掻く体勢から正座する形へと身体を動かした。
*
桂に丁寧な手当てを施された後、彼等は志士達が集まって飯を食べている部屋へは行かず、己の部屋で飯を広げていた。
今日だけは己の部屋で四人で飯を食べて飲み明かす。己としては正直嫌なのだが、其れを言ったところでこの三人ならば止めるどころか嫌がらせと称して続ける事は目に見えている。なので、何も言わないのだ。
「銀時ィ」
ふいに箸を止め、今迄黙々と飯に食らい付いていた高杉が声を紡ぐ。
「手前、難しい事考えてんじゃねェだろうな」
彼の言葉に、僅かに目を見開く。そんな己を見て、辰馬が珍しく苦笑を零して己の猪口に酒を注ぎ。
「金時、おんしゃあ最近無理してるんじゃないがか」
「……してねェよ?」
高杉と辰馬が口に出した言の葉に、己はそっと瞼を伏せて口元に笑みを浮かべる。
(無理なんか、してねェよ)
そう、無理などしていない。己は未だ――。
「二人共、その辺にしておけ」
高杉と辰馬の視線から逃れ様と己の手元を見た時、桂が咎める様な声を発した。其の声に、二人は大人しく箸を動かし始める。
「……いいか銀時」
優しげな彼の声。其の声音に、一瞬あの人を思い出してしまった事に心中で舌打ちをしていれば、桂にすぱんと頭を叩かれて。
目を丸くして彼を見れば、彼は眉をハの字にして己を叩いた手を下ろして唇を開き。
「高杉の言う通りだ。難しい事は考えなくても良い……貴様は唯、素直に俺達に祝われていればいいだけだ」
貴様が嫌と言っても俺達は祝うがな。
そう言って笑う桂に、高杉も辰馬も頷いている。
(……嗚呼、)
ぐ、と唇を噛んでそっと俯き、己はぽつりと呟いた。
「……あり、がとう」
其の呟きが聞こえたのか、彼等が微笑みを浮かべたのが分かった。
小さな宴は、未だ終わりそうにない。
2013銀誕。銀時誕生日おめでとう!