Aizen

雨と慟哭

 ぽたり、ぽたり。手にした木刀から零れた血が地面に落ちて血溜まりを作る。

――どうして、こうなった?

 虚ろな目で目の前の光景を見つめながら、遠ざかっていく正気を手繰り寄せるように思考の海に潜る。俺は、すっかり変わってしまったアイツを……昔のように無邪気に笑わなくなったアイツを、ただ救いたかっただけなのに。

――どうして、こうなった?

 目の前には左腕を失くしたアイツが血溜まりの中に倒れていた。すっかり緩んで解けかけている包帯はその真っ赤な水溜まりに浸かってその色に染まっている。ターミナルの最上階に仕掛けられていたであろう爆弾が爆発し、その爆発に巻き込まれた俺達に助かる道など無いに等しかった。なのに、どうして俺は助かっている?どうして、目の前に血まみれのアイツが倒れている?

――……その疑問の答えなど一目瞭然だった。赤黒く染まった地面に座り込んで、俺はアイツのピクリとも動かない体を抱きしめた。

――どうして、こうなった?

 再び自分に問いかける。頬に伝う冷たい感触に、ふと空を見上げる。鉛色に澱んだ空から、ぽつぽつと雨粒が落ちてきていた。それはだんだんと激しさを増していき、ざあざあと音を立てながら俺達の体に塗りたくられた赤を洗い流していく。俺は、アイツの体がこの激しい雨で冷えてしまわないようにと、アイツを更に強い力で抱きしめた。こんな状況だというのに、何故だか笑いが込み上げてきた俺はとうとういかれてきたんだろう。
「あは……、あはは……ッ」
 真っ赤に染まった世界が溶けていく。それと同時に幼い頃の思い出が脳裏に蘇って、俺のかろうじて保っていた正気が消えていく。
「ふふ……あはッ、あはははははは!!」
 ああ、笑える。白と黒と赤の三色しか存在していなかった俺の世界に様々な色を与えてくれた人を護れなかった。それぞれの想いを胸に抱いて共に戦争に出たアイツらを、仲間を護れなかった。墓場で拾ってくれた老婆とその旦那への誓いをほったらかしにしてこんなところまで来てしまった。家族である二人の子供との約束も、こんなナリでは護れそうにない。
「くく……あはは!ふふッ、あはははははははは!!」
 狂ったように笑う俺の声が、濃い灰色に染まる空に響く。頬を伝った雨粒とは違う熱い雫が、アイツの固く閉じられた目元に落ちて流れた。あの人が、泣いているような気がした。

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