Aizen

アンビバレンス

 地面を純白に染める雪に、真っ赤に色付く椿の花。しんしんと天から降り注ぐそれに無邪気に手を伸ばしたのはいつだったか。今では手の届かないものになってしまったが。
「……」
 赤く、赤く染まる。手に持った刀の先から零れ落ちる紅色と、水面に映った己の目に宿る紅色が同じ色に感じられて、転がっていた石を蹴り上げて水面に落とす。
 その石が水面に波紋を作り出し、映っていた己の姿を混ぜ合わせた。

 好きだ、と彼等は言った。友としてではなく、一人の人間として俺が好きなのだと。けれど、その気持ちには答えてやれない。だって俺は「坂田銀時」という人間ではなく、「白夜叉」という鬼なのだから。
 それを理由に断れば、御前は人間だ、と全員が決まってそう言った。……嗚呼、頼むから止めてくれ。俺は、もう御前等の知っている人間じゃあない。なのに、何故。どうして、御前等は俺を諦めてくれない。
「……構わないでくれよ」
 俺がぽつりと落としたその呟きに、御前等は寂しそうな笑顔を浮かべた。

   *

 今日も、雨が降る。敵とも味方ともつかない屍が転がる暗い戦場をしとどに濡らし、俺に塗りたくられた赤を洗い流していく。銀時、と俺を呼ぶ声がまた聞こえた。御前等は、俺をそんなに人間にしたいのか。
 好い加減に、諦めてくれないか。俺は、御前等を護る為に鬼になったというのに。なのに、何故涙が溢れそうになるのだろうか。
「……わからない」
 御前等の想いも、俺自身の気持ちも。何も分からない。

   *

 今日は珍しく晴れ晴れしい天気だった。太陽が容赦無く照り付けてくる戦場の中で、少し考え事をしてしまった。それがいけなかったのだろう、ほんの一瞬であったが隙が出来てしまった。
 その僅かな隙を、敵が見落とす事は無かった。迫り来る刃に、俺は避けられないと悟り、口角を上げた。
「馬鹿野郎!」
 叫び声が鼓膜を揺らす。俺を斬るはずだった刃は、幼馴染みであり鬼兵隊の総督である高杉晋助によって遮られていた。高杉はそのまま刃の先に居る敵を切り裂き、俺の胸倉を掴んで叫んだ。
「無理して護ろうとすんな!」
「……は」
 高杉のその言葉に目を見開く。
「何を……言って」
「鬼として死ぬんじゃねェ、人間として生きろ銀時ィ」
「……!」
 まるで俺と高杉だけ別の空間にいるように、周りの喧騒が一切聞こえない。高杉のその言葉が心の底に向かって浸透していった。
「本当に俺達を護りてェなら、人間になれ」
 そう言い残して高杉は騒がしい戦場へと戻って行った。

 今日の、戦いが終わった。太陽は西に沈みかけていて、辺りを橙色に染め上げている。その暖かい色の中、俺を人間だと言った御前等が俺に向かって手を差し伸べているのが見えた。
 ああ、そうか。今になってようやく理解する事が出来た。俺は、御前等を護る為に鬼であろうとした。けれど、御前等は人間のまま俺を護ろうとしてくれていた。否、護ってくれていたのか。
 どうやら、俺のやり方は間違っていたようだ。
「……ありがとう」
 そう呟き、俺は御前等に向けて満面の笑みを向けた。

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