Aizen

黒玉餡子さんより

 太陽が燦々と輝く。
早朝だと云うのに明るい夏の日には街道には多くの人々行き交う。
特に最近は旅行に対しての規制が緩和され提出書類も簡易になったため、町民の間ではすっかり物見遊山が流行していた。
 時は攘夷戦争が終末を迎える手前。
国家運営に介入した天人の政治は、多数の攘夷論者の予想を覆し、仁政だった。
 銀時は前からやってきた駕籠を避けた。
「おい」
 後ろからいかにも不機嫌そうな声が飛んできた。
立ち止まって振り向くと、隣りで歩いていた筈の高杉がいつの間にか離れていた距離を歩いていた。
「ああ? 何、どうしたの」
「速い」
「…………」
 銀時は健脚だった。
以前京都から江戸まで遣いとして出された時、道中日の高い内に休むこともせず常人の倍の速さで到着した。
ただ今回同行した高杉はかなりの鈍足で、というのも今まで少し遠出をするにも馬や駕籠を用いていたものだから、銀時の足には到底ついていけなかったのだ。
 苦労したのはどちらかというと高杉ではなく銀時の方だ。
高杉が疲れたという度に宿屋や茶屋を探して連れて行くから、大変だった。
「遅いっての」
「そんな急いでどうすんだよ。俺は疲れた」
「お前は疲れるの早すぎ」
「あんたは――」
 ぴたりと高杉の歩みが止まった。
「何」
「切れた」
 何が、とは聞かずに高杉の視線を追う。
目線の先は高杉の足元で、草鞋の紐は見事に引きち千切れていた。
「……目的地、目と鼻の先なんだけど」
「いいから直せよ」
 進んだ道を戻ってしゃがみ込んで、切れた紐を掴み上げる。
「あー、こりゃ無理だな。直せねえよ。予備の持ってきてるだろ。履かせてやるから」
「ねえよ」
「あ?」
「だから、ねえよ。お前が戦に出る度ぶっ壊すから俺の分もなくなってた」
「……ごめんなさい」
 困ったように唸って銀時は目的地の町がある方角を見詰める。
関所も通り過ぎたから、後は本当に街道を進んで町に入るだけなのだ。
まさか高杉を地下足袋で歩かせるにもいかず、とそこで高杉の視線に気付いた。
「どったの」
「それ……」
 高杉の視線を辿ると
「お前の草鞋寄越せ」
「勘弁してください」
「銀時なら裸足でも大丈夫って信じてるって」
「いや、そういう信頼はキャッチアンドリリースの方向で」
 −−仕方ねえ!
 草鞋を直すのは諦めて、銀時は高杉に背中を向けた。
「ちょっとだし、おぶってやるよ」
「きもい」
「てめっ、人が親切にしてやって……! あ、分かった。おぶられるのが嫌なんだな。抱っこか横抱き、好きな方選べ。姫抱っこも可」
「普通に運べよ」

 銀時と高杉が二人旅をしているのは、遊びではなく攘夷軍の指揮官からの命によるものだ。
前回の戦が途中で水上戦に移ったものの天人の戦艦を前に為す術もなく、議論を重ねた末戦艦の購入に踏み切った。
勿論反対派の意見も多くあがったが。
 でっぷりと太った商人の案内を受け、2人は一隻の船に乗った。
水夫もおらずエンジンもつけていないので船は海面にゆらゆらと浮かんでいる。
「うっひゃーすげー」
 甲板に上がると広大な海が目の前に広がっており、思わず塀に飛び乗って海を眺めた。
塩臭い冷たい風が頬を撫で、銀時の髪を大きく弄んだ・
夏だというのにこの辺りが涼しいのは海から流れるこの潮風のおかげらしい。
「おい、すぐ降りるからな」
「えー? なんでー?」
「潮風でべとべとになりたいなら一人でやってろ」
「だって気持ちいいじゃーん」
 海と空が地平線で交わっているように見える。
実は空も海を繋がっていて球体のなかに大地が平らに伸びているのかもしれないなどと夢想した。
「辰馬とかが好きそうじゃね? こういうのって」
「海の部隊は坂本に任せる予定だしな」
「へえ。でも高くない?これ」
「知らない」
「え?」
「ヅラが出すみたい」
「おい、あいつ金ないよな」
「上官に頭下げたんだろ」
 くく、と高杉が喉で笑った。
高杉の要求を断り切れず上官に頭を下げて頼み込む桂が、すぐに短気を起こすのを、坂本が横で宥めている図が浮かんだ。
当の高杉はのんびりとした様子で「もう降りるぞ」と言って、銀時の返事も待たずにさっさと歩き始めていた。
慌てて飛び降り、高杉の後を追う。
「なあ高杉、折角だしどっかよってこうよ。甘味どころとか」
「…………」
「聞いてる? おーい高杉ー」
「……おい揺らすな」
「高杉くうん」
「……おえぇ、酔った……」
「えっ?! ごめん、酔ってたの?!」


誕生日の時にぜんざいの黒玉餡子さんより頂きました。
素敵な銀高ありがとうございました!

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