Aizen

白夜

――こんな夜明けを、誰が望もうか。

「みんなを、護ってあげてくださいね」
「約束…ですよ」
 唯一の太陽を失った。俺達の下にきっと生きて帰って来てくれると信じていた清廉な魂は、残酷にも遥か彼方、どれだけ手を伸ばしても決して届く事の無い場所へと消えていた。
「………………」
 師の其れを目にした時、如何し様もない感情が己を駆り立てた。恨み、憎しみ、哀しみ、それらの感情が混ざり合って一つの狂気を生み出して。けれど、師との最後の約束が己が魂を修羅に委ねる事を許さず。
「…………本当に、如何し様もねェな」
 頬を伝い流れる赤をぺろりと舌で掬い。俺はふっと口角を上げた。
「銀時」
 ふと鼓膜を揺らした己を呼ぶ声。その音を辿って視線を動かしてみれば。
「手前……馬鹿な事考えちゃいねェだろうな」
 己と同じ様に全身が返り血に彩られている紫がかった黒髪の幼馴染みが居た。彼も先程の師の変わり果てた姿を見て深い絶望を覚えたはずだ。その証拠に、固く握り締められた拳から少量ではあるが紅が零れている。その拳をちらりと見遣り、喉を鳴らして笑った。
「手前こそ……人の事言えんのか?」
「…………はっ、」
 俺の問いに幼馴染み――高杉は心底面白いといった様子で口を開いた。
「確かに……手前の事を言えた義理じゃねェな」
 ざあ、と風が吹く。嗚呼、この風が砂や塵と共に此のどす黒い絶望を攫っていってくれればいいのにと。そう願わずにはいられなかった。

  */*/*

 ひゅ、と風を切る音が聞こえる。鋭い切っ先に触れた赤い葉がひらひらと地面へと落ちていく。其の長い黒髪を揺らし、少年は一心不乱に刀を振るっていた。その身からは抑えきれない殺気が滲み出ていて。くすりと笑って俺は彼に声を掛けた。
「よォ、随分荒れてるじゃねェか」
 風を切る音がぴたりと止む。少年は抜き身の刀身を鞘へと納めると、此方に向き直って言葉を紡いだ。
「貴様こそ、こんな夜更けに何をしている?」
 少年――桂は、滲み出た汗を腰にぶら下げていた手拭いを取って拭う。
「別に。今日は明るくて眠れやしねェから散歩しに来た」
「……確かに、今夜は眩しいな」
 月が照らす闇を見上げながら呟く。暗い。暗いけれど、眩しいのだ。味わった絶望の色が夜の色よりもずっと深いから。口を真一文字に結ぶ桂を横目で見、嘗ての師の言葉を心の中で反芻する。護る、と。仲間を、皆を護ると約束した、あの言葉を。
「…………護る、か……」
「何か言ったか銀時」
 小さく呟いた己の声を聞き取り損ねた桂が俺に問うが、俺は何でもないと告げると再び淡い光を放つ月へと視線を向けた。
「嗚呼、そうだ銀時」
「あ?」
 先程まで出していた殺気を消し、桂が言葉を投げた。
「坂本は……如何だった」
「彼奴か?心配しなくても、彼奴は彼奴のままだったよ」
 俺の言葉に、桂は安心した様にそうか、と呟いた。つい先日もう仲間が死ぬところは見たくない、これからは宙から地球を護る、と言って戦場を去っていった土佐弁の男。俺は彼が旅立った時の表情を思い出し、くつりと口角を上げた。

  */*/*

 ざあ、と血生臭い一陣の風が戦場を駆け抜ける。ばたばたと靡く鉢巻。赤が疎らに散る白を背負い、少年――銀時はすっと紅色の双眸を細め。其の腰にある刀の束に手をかけ――薄らと笑みを浮かべた。
「これで、最後だ」
 ざり、と地面を踏みしめ。己の異名を叫ぶ天人に向かって刀を振り下した。

 幕府軍が天人側に白旗を振り、攘夷軍の粛清とは名ばかりの虐殺を始めたのは丁度この頃からだった。

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