Aizen

心臓デモクラシー

 つう、と頬に透明な雫が伝い落ちる。見上げた空は何処までも澄み切った青に染まっていて。
「……黒?どうした?」
 涙を流す俺を心配したのか、銀色が問い掛けてきた。俺はすっと視線を其方に向け、そっと微笑んで。
「なんでも、ないよ。ただ……思い出してた、だけ」
 そう、呟いた。銀色と出会ったあの日を境に、俺は――。

   */*/*

「……ぎんとき」
 暗い、暗い闇の中で小さく呟く。己は己のオリジナルである彼――銀時を殺す為にと生産されたクローンだ。オリジナルに殺戮衝動が湧く事はあれど、其の温もりを求める事など許された事ではない。けれど、己はオリジナルに認めて欲しいと望んでしまった。所詮クローンだ、出来損ないである事は分かり切っている。だからこそ、己の存在まで消して欲しくなかったのだ。真っ暗で、冷たくて、誰の目にも映る事のない此の場所から銀時本人に連れ出して欲しくてたまらないのだ。
「…………だれか、いないの」
――怖い。恐怖だけが己の心を支配して。オリジナルを求めるあまり、歪んだ方向へ足を向けて最後には廃棄されてしまうというクローンを嫌という程目にしてきたから、己もそうなってしまうのではないかという恐れに押し潰されそうになる。嗚呼、其れならばいっその事心を殺してしまおうか。
「……あ」
 ふわり、と。暗闇の中に一筋の光が差す。酷く曖昧で認識し難いが、確かに強い銀色の光芒が己の目に映り。
「ぎんとき……っ!」
 間違いない、あれは己のオリジナルである銀時の――。

「!」
 光が、薄れていく。段々と暗闇が戻ってきて、また心に恐怖が生まれる。
「ま、まって……っ!」
 消えゆく其れに必死に手を伸ばす。嗚呼、早く。早く、届いてくれ。
「いかないで……!」
 瞬間、銀色が眩い光を放ち、暗闇が一気に光明に染まった。

   */*/*

 目を覚ますと、知らない場所だった。否、知らない訳ではない。あの暗闇の中で目を閉じたら何時も見えていた場所の一つだ。という事は、此処は銀色の生きている世界なのだろう。
「……………………」
 布団、というものに寝かされていた身体を確認する様に触る。胸の上に手を乗せれば、どくん、と脈打つ其れが感じられて。
「…………生きて、る……?」
 掠れた声で呟きを落とす。此れが生というものなのか。
「嗚呼」
 目を閉じて手のひらから心臓の鼓動を感じていると、突然声がしてびくりと目を開ける。見れば、ずっと求め続けていたオリジナル――銀時が其処に立っていた。
「御前は、生きてる」
 銀時は静かに此方に歩み寄って来て、寝ている俺の側に座り俺の頭をそっと撫でて。其の手のひらの温かさに目頭に 熱いものが込み上げて、俺は思わず身体を起こして銀色に抱き着いた。
「ぎんとき、ぎんとき…………ッ」
「……大丈夫、俺は此処にいる」
 まるで迷子の子供が親を見つけた時の様に泣きじゃくる俺を、銀時は唯抱き締めていてくれた。

 */*/*

 あれから俺は、強くなれたのだろうか。銀時に対しての殺戮衝動は上手く制御出来ている。唯、銀時の邪魔になるものは殺してやりたいと思う事が時々ある。けれど、銀時はそんな事など望んではいないから。
「……ぎんときの、ために」
 頬を伝う涙を風に攫わせて。俺は、これから――。

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