Aizen

白昼夢

 始まりは、己の片割れの一言だった。

「黒、今日は節分だから、はいこれ」
 そう言って渡された海苔が巻かれた棒状の食べ物に、黒時は首を傾げて言葉を紡ぐ。
「何?これ……」
「恵方巻きだよ。口に銜えて、南南東の方角を向いて食べると縁起が良いんだって」
 笑顔で言う彼に、でもと呟く。
「これ……太すぎ、だと……思う」
「こういうものだから仕方無いの。あ、後其れね」
 丸齧りしないと意味無いから。クローンの言葉に、黒時は目を瞬かせて口を開いて。
「ねえ……何でカメラ構えてるの……」
 嬉々として恵方巻きを持つ黒にカメラを向ける彼が、気にしないでと口角を上げる。其れを見た黒時が、はあと小さな溜め息を吐いた。

   *

「ん、ぐ……んん」
 黒時が恵方巻きを咀嚼する音が聞こえる。丸齧りするのが少々辛いのか、少し涙目になっている彼。咀嚼音に混じって小さな声が聞こえてきて、其の声がまるで情事中の時の声の様に聞こえてくるから質が悪い。
(無意識、なんだろうけど……)
 そんな声を出されては、己の理性が耐えられるのか心配になってきてしまうではないか。そう心中で呟きながらクローンは構えていたカメラのシャッターを切るのを止め、極力彼の方を見ない様に心掛ける。
「ぷあ……ふ、ん……」
「…………」
 黒時の掠れた声が鼓膜をゆっくりと揺らした。こんな悩ましい声を聞かされ続けて数分。顏を俯かせ、視線を右に左に彷徨わせていたクローンの耳に、新たな音が入り込む。
「く、ろ……これ、食べきれ、な……」
 其の言葉に、恐る恐る視線を彼へと向ければ、其処には目を潤ませて恵方巻きを唇から離し、荒い息を吐いている黒時が居て。彼の唇と恵方巻きを繋いでいた透明な糸がぷつりと切れるのと、クローンの理性が音を立てて崩れ去るのは同時だった。


   */*/*


「あ、う……んぐ、ふ…………」
 合わせた唇の間から水音が漏れ出す。再び黒時の唇に銜えさせた恵方巻きの反対側から己も齧り付き、彼が短くなっていく恵方巻きを飲み込むのを見計らって彼の後頭部に手を添えて其の口内へと恵方巻きを舌を使って押し込む。
「ん……ッ!」
 瞼をきつく閉じて一筋の涙を零す彼。其の雫を空いている方の手の指で掬って拭ってやる。口内に存在する食べ物を全て咀嚼し終わったらしい黒時が己の胸を弱々しく押してきて。其れに気付いたクローンが唇を解放し、彼の頭をくしゃりと撫でた。
「……黒、ごめん」
 そして、ぽつりと言葉を落とすと黒時の着物に手を掛けて。
「我慢……出来ないみたい」
 彼の言葉に、黒時は唯頷く。彼のそんな反応に、クローンは顔を綻ばせて其の身体を強く抱き締めた。

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