Aizen

片陰

 地面に一点の小さな染みが生まれる。ぽつぽつと増えていく其れはやがて辺りを完全に覆い尽くして。塀の直ぐ側、影になっている場所で一輪の花が雨の滴を全身に浴びて揺れていた。其の白い花弁に酷く己の中の獣が重なって見えて歯を食い縛る。物言わぬ梔子にそっと瞼を伏せて、己は其の場を足早に立ち去った。

「この攘夷志士白夜叉の首、とれるもんならとってみやがれい」
 そう土方の前で己が攘夷志士であった事を告白してから一体どれ程の月日が流れたのだろう。後悔こそしていないが、一抹の不安が心の奥でずっと消えずに燻っていた。元とはいえ己は白夜叉、戦争に参加していたのだから桂や高杉の情報を知っているだろうとあのまま釈放されずに牢屋行き、なんて事になっていても可笑しくはなかったはずなのに。なのに何故、己は釈放されたのか。土方の小姓である鉄之助のおかげではあるのだが、あの土方が己を簡単に釈放した事に納得がいかないのだ。
「…………解せねェ、な……」
「何がアルか?」
 ソファーに寝そべって両手に持ったジャンプを眺めながら小さく声を落とせば、向かいのソファーで己と同じ様に身体を横にしている神楽が此方に顔を向けた。不思議そうに細められた空色に何でもねェよ、と笑みを浮かべればそうアルか、と酢昆布を唇で挟む彼女に心の中で謝りながらジャンプを机の上に置いて横たえていた身体を起こす。軽く伸びをしてから机の下に置いてあった木刀を取って腰に差し。
「ちょっくら出掛けてくらぁ」
 夕飯までには戻る、と告げて玄関へと足を向ければ背後から行ってらっしゃいヨー、という声が投げられた。その事に口角を上げて扉を開け、外へと足を踏み出す。
「行ってくらぁ」
 そう言うのを忘れずに。

   *

 攘夷志士、白夜叉。其の名前は一度聞いた事があった。まだ武州に居て、己がバラガキと呼ばれていた頃。江戸の方で天人を討たんと一斉蜂起し戦っている奴等が居る、そういう噂が風に流されて武州へ届いたのだ。あの頃は白夜叉など単なる迷信だと思っていたが、今になってそうではなかったと詰めた息を吐く。己を白夜叉だと告白した時の銀色の顔は鮮明に覚えていて。月明かりに照らされた普段の締まりの無い表情が嘘の様に吊り上った口元、爛々と輝く瞳。其の紅色の奥で修羅という名の獣が舌舐めずりをしているのを確かにこの目で見た。
(あれが白夜叉、か……)
 屯所の己の部屋、半開きになった障子の向こうに広がる空を眺めながら思考の海に潜る。元とはいえ彼奴は攘夷志士、それも異名を持つ程の大物。けれど、今は攘夷の思想など無く万事屋などという儲かりはしないが人助けが主な仕事をしているのだから質が悪い。
(……否、)
 俺達真選組や見廻組が見逃したとしても、彼奴が白夜叉だと幕府――天導衆の耳に入れば彼奴は確実に唯では済まされないだろう。
「……チッ」
 舌打ちを一つ零して懐から携帯電話を取り出して電話を掛ける。鼓膜を揺らしていた呼び出し音が途切れ、はいと聞こえた声に用件を告げた。
「山崎、――」


   */*/*


 着けられている。そう気付いたのは、何時もの様にパチンコで負けて苛立った機嫌を直す為に甘味でも食べに行くかと店を出た時だった。完全に消されていない気配、背中に感じる細く鋭い視線の切っ先に目を細めて歩き出す。
(面倒だな……)
 そう心の中で本音を零しながら自然な形で人気の無い路地裏へと向かっていく。この気配の持ち主に出会うのは三度目で、湧き上がる激情を深呼吸して押さえながら薄暗い空間へと立ち入って。そして、静かに腰から木刀を抜きながら背後で立ち止まった人物に声を投げた。
「一体何の用だ……」
 ゆっくりと振り向きながら背後に佇んでいる人物を視界に捉える。己と同じ、けれどくすんだ銀色の髪に深い闇を宿した紅色の目。そして其の身に纏う烏の紋章。冷たい空気が陽炎の様に彼の周りで立ち上っている。彼は何も言わずにじっと己の言葉を受けていた。
「何とか言えよ……なァ?天上のパシリ殿」
 己の其の言葉に、彼基朧はすっと目を細めた。そして――。

「――許せ、    」
 耳元で聞こえた彼の囁きに目を見開く。彼の名を呼ぼうと開いた口からはしかし何も吐き出されはしなかった。腹に叩き込まれた拳、其処からじわりと痛みが広がって。力の抜けた手の平から木刀が滑り落ちて地面に叩き付けられた。如何して、と目の前の銀色に視線で訴えても彼は何も言わずに己を見つめているだけで。
「…………ッ、て、め……は、」
 言い掛けた所で己の視界はぶつりと音を立てて暗闇に塗り潰された。


 神楽は待っていた。夕飯までには戻ると言った銀時の言葉を信じて、ずっと待っていた。けれど、待てども待てども彼は帰って来ない。夕飯の時間はとっくに過ぎ、神楽一人では危ないからと万事屋に泊まる事にした新八が銀時の万年床の隣に布団を敷いていて。
「……神楽ちゃん」
 もう遅いし寝よう、と新八が気遣う様に話し掛けてくる。時計の針はもうすぐ日付けが変わろうかという時刻を示していた。それでも、神楽は首を横に振って小さく声を零す。
「嫌アル」
 嫌アル、そう繰り返して神楽はソファーに沈めた身体を上半身だけ起こして寝巻き姿の新八を其の空色でじとりと睨んだ。
「新八は銀ちゃんが心配じゃないアルか」
「心配だよ」
「なら!」
 なら何でそんなに冷静でいられるネ。ぎり、と歯を食い縛って呟いた彼女に新八は苦笑を漏らし、長谷川さん辺りと飲んでるかもしれないだろ、と言葉を紡ぐ。
「明日のお昼になっても帰って来なかったら探しに行こう」
 だから、今日はもう寝ようよ。
 新八の其の言葉に、神楽は納得のいかない様な表情をほんの少し浮かべた後、渋々といった様子で顏を縦に振った。瞳に寂しさを閉じ込めた彼女に、大丈夫だからと背中を押して寝床に向かわせた新八は、彼女が寝床である押入れに入って其の襖を閉めるのを見届けた後に大きく溜め息を吐いて。
(全く、今度は何処ほっつき歩いてるんだあのマダオ)
 心の中で銀時に対する愚痴を零し、己も寝る為に寝室へと向かったのであった。


   */*/*


 雨の匂いが鼻を突いた。肌に纏わり付く湿った空気が鬱陶しい。からからと何かが回る音が聞こえる。風車だろうか、鼓膜を揺らす其の音が酷く懐かしい。まだ眠っていたいと主張している瞼をゆっくりと開ければ、眼前に広がったのはこれまた懐かしい光景で。己が生まれ育った故郷の、夏の夜の情景。そう、これは夢なのだ。そうでなければならないのだ。夢でなければ、目の前に佇む彼を如何説明出来ようか。

「嗚呼、お久しぶりですね」
 背中まで伸びた長い髪を風に遊ばせて微笑みを浮かべる彼は、淡く光る蛍を手に持った風車に止まらせながら此方に向けて視線を投げる。あの頃と何一つ変わらない、穏やかで深みのある声に優しく諭す様な視線。夕陽の様に柔らかな雰囲気を醸し出す存在に、つきりと胸が痛みを訴えた。
(ほんっと、冗談キツいな……)
 これだから夏は嫌いなんだ、そう心の中で独り言ちる。彼は相変わらず全てを包み込む様な笑みを顏に乗せていて。
「元気な様で安心しました……銀時」
 彼が風車を持っていない方の手で己の頬を撫でる。直接感じた体温はじわりと熱を持ち、彼自身が生きている事を伝えてきた。しかし、それは己にとっては残酷以外の何物でもなく。触れられた場所がまるで炎に焼かれている様に熱い。けれど、其の温度を振り払おうとは思わなかった。彼の手の平に己の其れをそっと重ねる。ちり、と彼の身体から火の粉が僅かに発せられ、其れが足元の湿り気を帯びた草に着火し忽ち激しく燃え上がる。嗚呼、やはりこの人は――。

   *

「……ん、」
 重い瞼を無理矢理持ち上げる。視界に入ったのは薄暗い空間であった。夏真っ只中で全身から汗が噴き出す季節だというのに高い位置にある窓は完全に閉め切られていて、其れに舌打ちを零して辺りを見回す。其処彼処に段ボールやドラム缶が並び、スパナなどの工具が転がっている事から如何やら此処は何処かの倉庫らしい、と判断する。見た所此の場所では冷房や扇風機などといった暑さを凌げる物が無いらしい。其の事に再び舌打ちをして壁に背中を預ける形で座っている体勢から立ち上がろうとした。

「……あ?」
 身体は、動かなかった。足を動かそうとしてもぴくりとも動かず、腕も同様に其の役割を放棄している。
(まさか……)
 己が意識を手放す前に出会った人物。そういえば彼は経穴を突く事で相手の身体の自由を奪えるのであったか。本日三度目の舌打ちをして閉め切られた窓を睨む。
 気を失う直前に殴られた腹が鈍く痛みを訴えるが、それ以外目立った外傷は無い様で。その事に安堵の溜め息を漏らしつつ、此処から如何やって脱出するかを思案する。けれど、茹る様な暑さが身を襲うこの状況下では良い案など浮かぶはずもなく。
(…………暑ィ……)
 脱力感に任せて瞼を閉じる。喉が渇いて仕方無い。熱中症になってしまったのだろう、汗で肌に張り付いた服が気持ち悪い。そもそも己の四肢の自由を奪った彼は何処へ行ったのだろうか。こんな所に己を放置して何の意味があるのだろう。
(……でも、彼奴……)
 其処まで考えて、思考がずぶりと深海に沈み込んだ。気を失う直前、頬に冷たい何かを感じた気がした。


「万事屋が昨日から帰って来てねェ……だと?」
「はい」
 真選組屯所、土方の部屋。其処で、山崎は己の上司である真選組の副長、土方十四郎に調査の結果を報告していた。

 昨日の昼過ぎに彼から電話があり、伝えられた任務の通りに銀時を張り込む事にした山崎。しかし肝心の銀色は何処を探しても見当たらず、翌日の昼前になって子供等が不安そうな面持ちで飼い犬である定春を連れて万事屋を出て行っただけであった。けれど、新八と神楽の表情から如何やら銀時は丸一日帰って来ていないらしい事が窺えて。彼等が出て行った万事屋に潜入してみれば、其処は案の定もぬけの殻。山崎はやはりといった風に溜め息を吐いて、土方に報告する為に屯所へと戻ってきたという訳だ。

 山崎から報告を受けた土方は煙草のフィルターを噛み締めて間に合わなかったか、と小さな声で独り言ちて、目の前に正座している己の部下に向かって新たな任務を言い渡した。其の内容に山崎はえ、と驚きの声を上げて身を乗り出す。
「いいんですか副長……そんな事をして。あの人等絶対黙っちゃいませんよ」
 それに、と山崎は続け様としたが、土方に名を呼ばれて閉口して。
「俺だって承知の上だ。彼奴を狙ってるのは天導衆……幕府を操ってる連中かもしれねェんだ、俺達じゃ手出し出来ねェだろうよ」
 もし手出ししちまえば近藤さんが危なくなる、苦虫を噛み潰した様な顏で彼はそう言った。その言葉に山崎もぐ、と歯を食い縛って眉根を寄せる。江戸の市民を護る為にと幕府に仕えているのに、こういう時に限って何も出来ないのは何とも歯痒い事で。
「頼れるのは……もう彼奴等しかいねェんだよ」
 そう呟いた土方の顔が、山崎の脳裏に焼き付いて離れなかった。

   *

 だん、と地面が力強く踏まれて僅かに振動する。次いで荒々しく土を蹴る音。獣の様にはあはあと呼吸を乱しながら、新八は持てる力を総動員して走っていた。己の雇い主である銀色の名を叫びながら。
「新八ィ!」
 前方から己と同じ様に息を荒くした少女が駆けてくる。彼女の後ろを万事屋の飼い犬――定春が何かを銜えながら着いて来ていて。
「神楽ちゃん!」
 何か見つけたの、と彼女の顔色を窺いながら新八は膝に手を突いて息を整える。彼女は勢い良く頷くと定春に銜えさせていた物を手に取り新八に差し出した。
「神楽ちゃん、これって……!」
 新八の目が大きく見開かれる。神楽は顏を俯かせてそうネ、と呟く。
「銀ちゃんの木刀アル……」
 でも、と彼女は顏を上げて続けた。
「これ見つけた場所には争った跡が無かったネ」
「そっか……でも銀さんがこれを手放すはずないよね」
 神楽と話しながら新八は考える。もしかしたら――。
(無抵抗か……或いは)

「あれ、新八くんにチャイナさん。こんな所で一体何してるの二人共」
 急に背後から聞こえた声にびくりと肩を揺らす二人。そろそろと後ろを振り返ってみれば、其処には真選組の監察である山崎退が私服姿であんぱんを頬張りながら立っていた。
「何だ山崎さんか……驚かせないで下さいよ」
「本当アル、心臓飛び出るかと思ったネ」
 ばくばくと激しく脈打つ心臓を手で押さえながら、新八と神楽は安堵の溜め息を零す。一方山崎は何だってそりゃないでしょ新八くん、と己の後頭部を撫でながら苦笑していて。けれど、これだからジミーなんて呼ばれるネ、などと言っている神楽の手元にある物を見てすっと目を細めて口を開く。
「二人共、其れ……旦那の木刀、だよね」
「!」
 山崎の言葉に、新八と神楽は目を大きく見開いて。
「……何か、知ってるんですか」
「銀ちゃん……昨日の昼過ぎから帰って来てないネ」
 何かしら情報持ってるなら教えるヨロシ、そう呟いた神楽に新八も僕からもお願いします、と頭を下げた。
「……はっきり言って君達には危険だ。下手をしたら君達の命に関わるかもしれない……それでもいいんだね?」
 試す様な口振りの彼に、新八と神楽は当たり前だ、と大きく頷く。
「銀さんは、家族も同然ですから。それに、僕達だって何度も危険な目に遭ってきてるんです。舐めないで下さいよ」
「そうヨ!第一、家族を助けるのに危険もクソもないネ!」
 己に向かって覚悟は決まっている、だからさっさと銀時の情報を教えろと。 少々乱暴ではあるがきっぱりと言い放った子供達に山崎はその顔に小さく笑みを浮かべて分かった、と言葉を紡いで。
「じゃあ立ち話も何だから、ちょっと場所を変えようか。誰かに聞かれても嫌だしね……二人共着いて来て」
 そう言って二人に背を向けて歩き出した山崎に、新八と神楽は顏を見合わせて頷くと彼の背中を追って歩き出した。
 どんよりと重い雲に覆われた空からぽつぽつと冷たい雫が落ちてきて、やがて小降りの雨となって。しっとりと世界を濡らす其れは、まるで未だに見た事が無い銀色の涙の様に思えて仕方が無かった。


   */*/*


 顔に冷たい何かが跳ねた。ひんやりと頬を伝う其れにゆるりと目を開けてみれば、己の目の前には己と同じ色を持った男がバケツを持って仁王立ちしていた。
「…………」
 その光景を見て目を瞬かせていれば、彼はやっと起きたか阿呆が、と呟いて手に持っていたバケツを放り投げて。床に叩き付けられた其れから透明な液体がばしゃりと音を立てて広がった。
(毒でも入ってんじゃねェだろうな……)
 だとしたら己は毒入りの液体を顏に掛けられた事になる。ぎり、と歯を食い縛って彼を睨み付ければ、彼は嗚呼、と納得がいった様に頷いてからすっと腕を伸ばしてきて。
「……何、を」
 朧はまるで涙の様に頬を伝う滴を指で受け止めると、其れに舌を這わせて瞼を伏せた。そしてゆっくりと口を開いて。
「……安心しろ、毒など入っておらん」
 唯の水だ、貴様の目を覚まさせる為の。そう囁いた彼に銀時は口元をヒクつかせてあっそ、と呟いた。

「…………なァ」
「何だ」
「……何で俺手前に拉致られてんの」
 腕を組んでドラム缶の上に座る朧に素直に疑問を言葉にして投げる。彼は俺の言葉に眉根を寄せ、分からんか、と小さく声を落とした。
「貴様が白夜叉だと俺達に知られた以上――貴様は常に其の命を狙われる事になる」
 俺達奈落にな、そう言い切った彼の瞳はしかし言葉とは裏腹に揺れていて。
「それなら、」
 何で俺の事殺さねェの。
 俺の発した其の言葉が、やけに大きく響いた。ほんの一瞬だけ目を見開いた朧は直ぐに瞼を伏せて俯いてしまい、其の表情は窺えない。
「手前……もしかして」
 言い掛けた俺の言葉は、慌ただしく響く足音と聞き慣れた音で紡がれる叫び声に掻き消された。
「……迎えが来た様だな。俺はもう行く」
「待て!」
 座っていたドラム缶から腰を上げて己に背を向けた彼に向かって、俺は叫び声を上げる。背中を向けたまま立ち止まった彼に口角を上げて言葉を紡いで。
「次こそ……手前を地獄に送ってやるよ」
 朧は其の言葉を聞いて顏だけを此方に向けると目を細めて呟いた。
「やれるものならやってみろ」

   *

 どたどたと激しい音が鼓膜を揺らす。嗚呼、そんなに焦らなくても己は此処にいる、ちゃんと御前等の所へ帰るから。そう言いたいのに、再び肌の上を這いずり始めた灼熱が邪魔をして。 依然として窓は閉め切られたままで、水を掛けられただけでは一時的にしか回復出来ず。
(さすがに、やべェか……?)
 くらりと眩暈がし、視界が揺れる。熱中症とは厄介なものだ。そう頭の隅で考えていれば、銀さん、と己を呼ぶ声がして。嗚呼とうとう幻聴まで聞こえる様になったかと苦笑を浮かべれば、ふいに頬に痛みが走った。

「いつまでぼけっとしてるアルかこのドラ息子!」
 その叫びに、俯かせていた顔をゆるゆると上げれば其処には万事屋の紅一点である神楽の姿が。
「本当ですよ、心配かけさせやがってこのマダオが……ほら帰りますよ」
 憎まれ口を叩きながらも手を差し伸べてくる少年、新八も神楽の隣に立っていて。
「帰りますよ、銀時」
 そう言って微笑みを浮かべて俺に手を差し伸べる彼の人の姿が、一瞬だけ子供達に重なって見えて瞬きをする。彼の人は直ぐに弾けて真っ白な花弁となって散ってしまい、後に残ったのは何時までも動かない俺に怪訝そうな表情を浮かべる新八と神楽だけであった。

「何やってんですか銀さん、何処か悪いんですか」
「ここめっさ暑いネ、早く外に出るアル銀ちゃん」
 そう言って痺れを切らした二人が俺に腕を伸ばして立ち上がらせる。そしてそのまま俺の腕を肩に回して歩き始めた。

「銀ちゃん約束破ったから今晩のご飯抜きヨ」
「……それは困るな」
「じゃあ食後の片付けは銀さんにお願いします。僕洗濯物片付けなきゃいけないんで」
「……えー」
「えーじゃありません。約束破った罰です」
「……へいへい、わーったよ」
 三人でそんな会話をしながら、鮮やかな橙色に焼かれる空を背負って万事屋までの道を一歩ずつ歩いて行く。ふと視界に入った真白な花。路傍の隅に出来た影の中でひっそりと咲く其れに、ふっと口角を上げて柔らかな視線を送って。
(全く、重てェな此奴等は)
 心の中でぽつりと呟いて、片陰の梔子からそっと視線を外した。

 ゆっくりと歩く三人の背後、夕陽に包まれた一人の青年。淡い色の長い髪を揺らし、穏やかな印象を受ける顏に慈愛に満ちた微笑みを乗せ。彼は、両手の人差し指と親指で輪を作ると、三人の背中を其の中に収めて笑みを深くした。


月華の夜叉月銀華さんへ。

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