Aizen

陽炎

 松陽が、死んだ。そう知らせを受けたのは己が戦地へと赴く前日の事であった。

「朧」
 己が仕える天導衆の内の一人に呼び止められ、反射的に返事をする。
「御前は明日から戦地へ行くのであろう?ならば」
 其れに続いた言葉に、己は目を僅かに見開いた。
「今宵だけで良い。我等の相手をしろ」
 一瞬、言葉の意味が解らなかった。
「相手……とは?」
 恐る恐る彼等に問い掛ける。そうすれば、彼等はその顔に歪な笑みを浮かべて更に言葉を紡いだ。
「分からぬか朧……つまりは」
 此処で言葉を切った彼等の内の一人が己に近付いて来て、するりと己の頬を撫でて耳元で囁く。
「我等の夜伽になるという事、だ」
 そして、ゆっくりと其の手が己の着物へと伸ばされた。

   *

 逆らえば殺される、そう本能で悟った己は動かずにされるがままになっていた。冷たい床に膝を折り、服を剥ぎ取られて露わになった身体に這わされる冷たい手に唇を噛み締めて唯耐える。
「……ッ」
 胸で自己主張している其れに舌を這わされ、びくりと身体が跳ね上がった。其れに気を良くしたらしい彼等は口角を上げて更に俺の身体を嬲っていく。反らした喉を甘噛みされ、心臓の真上に存在する八咫烏の入れ墨の中心に口付けされれば喉からほんの小さな喘ぎが漏れて。必死に声を出さぬ様にと噛んでいた唇がぶつりと切れて口内にじわりと鉄の味が広がった。
「反応が乏しいな……つまらぬ」
 彼等の言葉に、何故か胸がつきりと痛む。震える己の身体を後ろから抱き込んで首筋に舌を這わせていた一人が俺の腰を手でなぞってそのままゆっくりと手を下ろし、まだ何も知らない無知な其処に指を突き立てた。
「う、ッ!」
 思わず息を詰める。上手く呼吸が出来ない中、辺りに小さく響く水音が己の鼓膜を確実に犯していって。
「……そろそろか」
 ぼうっとしてきた意識を覚醒させる様な声が耳に入り、視線を其方へと向けてみれば、其処には情欲だけを瞳に宿した彼等が居た。其れを見て、己の背中にぞくりと恐怖が這い上がる。そして――。

「……ぐ、あッ!」
 己を繋ぎ止める為の楔が無知な其処に埋め込まれて。ふうふうと獣の様な息をしながら、喉から放り出されそうになる声を押さえつけ様として唇を噛む。切れた其処からじわりと紅色が滲んだ。 唯欲を満たす為だけの行為に、心が暗闇に引き摺り込まれていく。まるで暗い海の底に沈んでいく様な感覚に、己はきつく瞼を閉じた。


   */*/*


 己が彼等から解放されたのは、空が薄っすらと白み始めて烏達が己の所へとやって来て餌を強請って来る時間帯だった。
 己の所へとやって来た烏達に、嗚呼夜が明けたのかとぼんやりと感じる。動きたくないと悲鳴を上げて訴える身体に鞭を打って立ち上がり、烏達に餌を与えて壁に寄り掛かり、ずるずると其の場に座り来んだ。
(……こんな時、如何すれば良いのだったか)
 閉じた瞼の裏で、穏やかな微笑みを浮かべる彼が此方に手を伸ばす。其の手を乱暴に振り払った己に、彼に縋り付く権利などありはしないのだろう。
(…………松陽)
 閉じた瞳から流れた滴がつうと己の頬を滑る。一粒だけ溢れた其れに気付かないふりをするのは己の心を護る為か。何も感じないはずの己の心に、じわりと滲む何かの存在を認めてしまえば、己が己でなくなってしまいそうで。
「朧、そろそろ時間だ」
 耳に入った彼等の声に瞼を持ち上げて返事をする。烏達の頭を撫で、側に置いてあった荷物を持って殺風景な部屋に背中を向けた。俺はこれから戦場に赴いて、松陽の弟子達に残酷な事実を告げに行かなければならない。そう、例え松陽と交わした約束が彼等を護るという事だとしても。彼等が憎しみをぶつける相手が己であれば、それで彼等が救われるのならば。
「…………すまぬ」
 自然と口から小さく零れ出た其の言葉が、己にも分からなかった。

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