Aizen

未完成人間

「所詮未完成なんだよ、俺等は」
 彼の其の言葉が、ずっと鼓膜に張り付いて剥がれない。

 不完全だの出来損ないだの、そういった言葉は嫌と言う程聞いてきた。正直慣れてしまったし、今更傷付くと言う訳でもない。唯、そういう言葉を投げられる度に何か物足りない気持ちになるというだけで。
「物足りない、の……?」
 其れを己の片割れに話したら怪訝そうな顏をされた。彼の暗い目が細められる。オリジナルよりやや哀愁を漂わせている、彼の表情。嗚呼、そんな顔をさせたい訳ではないのに。
「……俺じゃ、だめなの…………?」
 今にもその瞳から透明な雫が溢れ出しそうな彼――黒の瞼に唇を寄せて其の身体を抱き締める。そして彼の耳元でそういう訳じゃない、と囁いて。
「黒が、一緒なら……俺は満たされるよ」
 そう、この腕の中の存在さえいれば。俺は他には何もいらないのだ。
 頬を赤く染める彼の唇にふわりと口付けて、そっと其の肌を覆う着流しに手を掛けた。


    */*/*


 クローンとは一体何の為に存在するのか。初めこそオリジナルの存在を抹消するという目的があるが、それが俺達の様に失敗した場合は。オリジナルに壊されるでもなく、製造元に回収されるでもなく。唯其処に存在しているというだけで、クローンとしての己が生きる理由は無いに等しいのだ。
「諦めろ」
 俺達と同じクローンである金色の彼が言う。
「所詮未完成なんだよ、俺達は」
 そんな彼の瞳にも混沌がどんよりと渦巻いていた。嗚呼、なんて。
(……滑稽で、卑しい)

「……あ」
 熱に浮かされて荒い息を吐く黒の唇から掠れた声が漏れる。同じクローンなのに、同じなのは顏と声だけで。
(……嗚呼、そうか)
 黒と心が違う。たったこれだけの事で、己は物足りなさを感じていたのか――。

   *

 己の膝を枕にして眠る黒の髪に触れながら瞼を閉じて思考の海に潜る。違う命を宿しているのだから心が同じではない事は当たり前。如何すれば彼の心が分かるのだろう。如何すれば彼と心も身体も一緒になれるのだろう。

「――……」
 真っ赤に色付いた、林檎の様な色合いの唇が目に入る。そっと其れに指を這わせて爪を立てて。ぶつりと音を立てて切れた其処から紅色が滲み出る。どくりと心臓が高鳴った。紅色に舌を這わせてそっと噛み付く。そして――。


   */*/*


 ゆるゆると紅色が己の足元に広がる。腕を伝って地面にぼたぼたと落ちる血は彼から流れ出たもので。自身の瞳からぽろぽろと溢れるものがあるのに気付かないふりをして一心不乱に其れに食らい付く。
「黒……、黒、く、ろ」
 壊れたラジオの様に彼の名前を繰り返し呟きながら其れに口付けて口内へと導いていく。嗚呼、これでやっと。
「……寂しい?」
 己の中の彼が、何故だかそう言っている様に感じられて。
「そっか……じゃあ」
 俺が、迎えに行ってあげる。そう呟いて、手に緩く握った血濡れの短刀をぐっと握り直して口角をそっと吊り上げた。

「愛してるよ、黒」

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