紅葉酒
――まるで、おまんのようじゃの。
そう言って、御前は笑ったんだ。俺の好きな、表情で。
紅色が空中を踊る。肌寒い風に身体を震わせながら、己は険しい獣道を歩いていた。少し先では神楽が楽しそうに跳ね、新八が苦笑を零しながら転ばない様にと彼女に注意している。己の隣では、そんな二人を元気じゃのう、と微笑ましく見つめる鮮やかな赤を纏った茶髪の青年が一人。
「それにしても綺麗な色しちゅう。なあ金時」
「銀時だっつーの……ほんと、綺麗だよなあ」
青年が空中を滑っていた紅葉を一枚掴み、サングラスの奥の目を細めて其れを見つめる。己も隣から其れを覗き込んで口元を緩め。
「この先に開けた場所があるっちゅう話ぜよ。どうじゃ金時、其処で焼き芋でも」
「嗚呼……だから御前芋持って来てたのか」
茶色が「童心を忘れちゃいかんきに」と言いながら子供の様に無邪気な笑顔を見せる。其の両手には、大江戸スーパーのビニール袋。袋の中を覗けば、沢山の芋が詰め込まれていた。
「用意周到なこって……辰馬、御前これ全部買って来たのか?」
茶髪の青年――辰馬に視線を滑らせれば、辰馬はそうぜよ、と得意そうに両手の袋を持ち上げて。
「神楽坂ちゃんが沢山食べるじゃろ?」
辰馬の言葉に、神楽な、と訂正しながら前を行く子供達へと目を向けた。
*
今から三時間程前。彼にしては珍しくきちんと玄関から万事屋に入ってきた快援隊の社長――坂本辰馬が、客間で思い思いに過ごしていた己等に向かって言葉を紡いだ。
「紅葉狩りじゃああ!」
彼の叫びに、ソファーに座って酢昆布を齧っていた神楽は「何アルかそれ」と興味津々な目をし、掃除をしていた新八は手を止め、そういえばもうそんな季節ですね、と其の顏に微笑みを乗せ。己はというと、読んでいた少年誌から視線をずらして辰馬を見遣り。
「紅葉狩りじゃ、金時!」
再び叫んだ彼に銀時な、と訂正しながらソファーに横たえていた身体を起こし、少年誌を机に置いて口を開く。
「いきなりどうしたよ」
問えば、茶色は其の口角を吊り上げた。それはもう心底嬉しそうに。
「陸奥が偶には息抜きしてこいと、これを渡してくれたんじゃ」
そう言って遠足前の子供の様な笑みを浮かべる彼の手には、旅館の招待券が握られていた。彼によれば、山奥にある知る人ぞ知る秘湯、らしいのだが。
「四名様二泊三日……ねえ」
「そうじゃ! だからどうじゃ、おまんらも一緒に」
にこにこと人懐っこい笑顔で言葉を紡いだ辰馬に、新八と神楽も其の顏をぱあっと輝かせて頷いた。
*
そうして、己達は今其の旅館のある山へと来ているのだが。
「銀ちゃん見て見て! めっさ綺麗アルよ!」
「凄いですよ銀さん! こんなに綺麗な景色初めて見ました!」
年相応の表情で此方に駆け寄ってくる二人に、己は笑みを浮かべてそうかい、と二つの頭を撫で。そんな己を見た辰馬が、微笑ましそうに笑い。
子供達が再び舞い散る紅色を追い駆けて前方に走って行ったのを見届けてから、辰馬は己の手を握って天を見上げた。紅色や黄色で覆われた、秋を肌に感じさせる世界。
「まるで、おまんのようじゃの」
ぽつりと彼が呟いた。
「……え?」
茶色の言葉に、己は僅かに目を見開く。ざあ、と風が辺りを駆け抜けて目の前を柔らかな色に染め。ぐい、と握られていた手を引かれた、次の瞬間。
(……は)
唇に、柔らかい感触。
直ぐに離れてしまったが、其れは確かに――。
「……ッ」
勢い良く己の其処を手の平で覆う。己の頬に、一気に熱が集まるのを感じた。
己に接吻を施した張本人はといえば、何時もの様に穏やかな笑みを其の顏に乗せ、鮮やかな色を宿す葉に手を伸ばしていて。
「……馬鹿辰馬」
そんな彼に向かって小さく声を零し、握られた手に力を籠める。そして、つま先を伸ばして背伸びをし、彼の耳元で囁いた。
「 」
己の言葉を聞いた辰馬は、ぱあっと蕾が花開く様に其の表情を綻ばせ、己の身体を思い切り抱き締める。
――嗚呼、焼き芋をする予定の広場に着くのは、もう少し後になりそうだ。