Aizen

桜灯籠

「ぎんとき」
 春特有の優しい風が吹く。村塾の庭にある桜の花弁がまた一片空中で舞い踊る。暖かな日差しが降り注ぐ教室の縁側で、高杉は刀を抱えて眠りこける銀髪の子供に話しかけた。
「おい、起きろっての!銀時!」
 体をゆさゆさと揺すってみても、耳元で叫んでみても起きない銀色に、高杉はとうとうその銀色の髪をぐいっと引っ張った。
「痛って!」
 効果は抜群だったらしい。未だぐいぐいと髪を引っ張っている高杉の手首を掴みながら、涙目で何するんだよ、と訴える子供。
「手前が起きないのが悪ィ」
「何だよそれ……」
 解放されたものの、じんじんと鈍く痛む頭頂部をさすりながら銀時は高杉を見上げた。
「で、何の用だよ」
 銀時が問うと、高杉は持っていた箒を突き出して腰に手を当てて口を開いた。
「先生が、庭の掃除してこいって俺と手前に」
「えー、めんどくせェ」
「いいから行くぞ!」
「痛って!ちょ、引っ張るな!」
 例の如く銀時の頭頂部を引っ掴みながら、高杉は銀時を桜が舞い散る村塾の庭へと連行した。

 ざっ、ざっ、ざっ。箒が地面に散らばる薄紅色を掃っていく。一ヶ所にある程度溜まったそれに、高杉は息を吐くと共に掃除をしている銀時を振り返った。
「……」
 銀時は、寝ていた。庭で一番大きな桜の木の根元に座り、その幹に寄り掛かって静かに寝息を立てていた。ふわり、風が吹いて薄ら紅が銀色を包み込むように踊る。銀と薄紅。一種の幻想的な光景にも見えるそれは、高杉の思考を停止させるには充分であった。
「ぎんとき、……」
 どくん、どくんと脈打つ心臓に戸惑いながら、高杉は銀時へと手を伸ばし、そして――。

「なに寝てやがる手前!ちゃんと掃除しろ!」
「ぎゃっ!」
 またも銀時の頭頂部を力一杯引っ張った。

   */*/*

 ぱちぱちと火の粉があがる。ついこの間まで喧騒に包まれていた江戸の町は、今や焦土と化し、逃げ遅れた人々がそこらじゅうで倒れて呻いている。そんな町の中心であるターミナルの屋上で、銀色と漆黒が対峙していた。
「……よォ、銀時ィ」
「高杉……!」
「手前は覚えてるか?あの時の約束を」
「!」
 銀時の顔が険しくなる。ぎゅ、と唇を真一文字に結び、真っ直ぐ高杉を見据える。
「約束通り斬ってやるよ……全てを」
 高杉が刀を構える。銀時もそれに反応し、手にした木刀を高杉へと向ける。ざあ、と風が吹いて火の粉の熱に煽られた桜の花弁が二人の周りで舞い踊る。
「はああああああああッ!」
「うおおおおおおおおッ!」
 二人は雄叫びを上げて走り出し、自身の獲物を互いに振りかざした。

  */*/*

「なあ、銀時」
「なんだよ」
 桜が舞い散る庭の縁側で、他の塾生達が走り回っているのを眺めながら高杉は銀時に話しかけた。
「俺と約束、しろ」
「約束?」
「ああ」
 高杉は銀時に向き直ると、頬を赤らめつつ口を開いた。
「手前を苦しめるもんは、俺が全部斬ってやる。だから、手前は俺の側にいろ」
「……え」
 呆気に取られた顔をした銀時は、呆然と高杉を見つめた。
「それってどういう……」
「……ッ、いいか、よく聞け!二度は言わねえぞ!」
 高杉は顔を林檎のように真っ赤にして、銀時を指さして叫んだ。
「銀時、俺は手前が好きだ!」
「……!」
 面と向かってはっきり言われたその言葉に、高杉だけでなく銀時も顔を真っ赤にした。ふわりと風が吹いて、また一片薄紅色が舞う。
「……俺も、好き」
「!」
「だから、高杉。俺とも約束して」
「俺は、高杉と――……」

   */*/*

 熱い空気がたちこめる。先程爆発したターミナル内で、崩れてくる柱に囲まれながら銀時は高杉を庇っていた。
「高杉、手前こそ覚えてるか?俺との約束……」
「…………」
 意識を失っている高杉の解けかけている包帯に触れながら、銀時は微笑んだ。
「俺は約束を破るつもりはねェよ」
 ドオン。大きな音をたててまた柱が崩れ落ちる。その度に舞い上がる薄ら紅を見上げながら、銀時は強く高杉の体を抱きしめた。
「この桜も、もう見納めだな」
 炎が広がって、銀時と高杉の呼吸を奪っていく。
「手前と一緒なら、何処へでもいける」
 銀時のその優しい微笑みを、舞い散る桜の花弁と火の粉が覆い隠した。

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