存在証明
「かえせよ」
酷く掠れた声で、虚ろに赤く濁った眼を向けてきた血濡れの銀時を見た瞬間、正直ぞくりと鳥肌がたった。
「かえせ」
譫言のように「かえせ」と繰り返し呟きながら、力無く手を伸ばしてくる。別人のように豹変した彼の、その赤く滲んだ手を何故だか振り払う気にはなれなかった。銀時の手のひらは己の首筋をするりと辿り、最終的に胸のちょうど心臓の上あたりに触れた。ただそれだけなのに、どくりと心臓が跳ね上がる。それは目の前の銀時が薄ら笑いを浮かべながら刀をゆるりと振り上げたからだろうか。
「やっと、みつけた」
その安心しきった彼の呟きを最後に、己の目の前は真っ赤に染まった。
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ぐちゃ、くちゃ、ぴちゃ。薄暗い戦場跡に響く咀嚼音。それに誘われるように烏がバサバサと上空を飛び交う。屍の首筋に舌を這わせ、傷口から流れる血を舐めとる真白な存在。そんな彼を見た者は皆彼を鬼だと言って怖れるが、彼はれっきとした人間であった。そんな彼に近付く者がいた。ザリ、と土を踏む音がして、白い塊がぴくりと動いた。
一瞬だった。
人の形をした白い存在が目前に迫り、それが手にしている刀の切っ先が首に少し食い込んでいた。それでも刀を突き付けられている者はピクリとも動じず、すっと目を細めて自身の首に食い込んでいる刀身に手を添えて口を開いた。
「……落ち着け、銀時ィ」
ポタリ。薄く切れた皮膚から流れた血が刀身を伝って地面へと落ちる。それを横目で捉えた白い人は、はっとしたように目の前の存在を認識したらしい。
「たかすぎ……?」
手にした刀を力無く取り落とし、震える声で呟いた白い存在――銀時は、その場にガクリと崩れ落ちた。高杉は俯く彼の両頬に手を添えて己の視線と合わせさせ、言い聞かせるように言った。
「帰るぞ、銀時ィ。アイツらが、待ってンぞ」
高杉の目とかち合った銀時の目は、未だ虚ろに濁っていた。真っ赤に染まった口元も手伝って、危うい雰囲気を醸し出している。
「……大丈夫だ。アイツらは、御前を認めてくれる連中だ」
その言葉に安心したのか、その乾いた瞳からつう、と一筋の涙を零した銀時は、高杉に寄り掛かるようにして気を失った。
「……」
銀時を抱き止めながら、高杉はポツリと呟いた。
「……謝るなよ、馬鹿野郎」