Aizen

水葬

 ばしゃん。水を跳ね上げる音と、誰かの咆哮が辺りに響く。
 斬り伏せた天人の血と自分の血が混ざりあって川の水を淡い紅色に染める。この戦争とは切り離された透明な世界までもが、赤に浸食されてしまうのか。そう思いながら、またこぽりと泡沫が水面に上がっていくのをぼんやりと見つめていた。生命の終わりにまで赤い世界を見せるなんて、世界はなんて残酷なのだろう。そういえば、この紅色は生きている証拠なのだと今は亡き師が言っていた気がする。ああ、桜の木も根本に埋まっている死体から血を吸ってその花びらを薄ら紅に色付けるとも言っていた。
 ならば、今水中に溶けている紅色を桜の木が吸ったなら、それはそれは見事な色に染まるのだろう。 俺はいつか師と見に行った桜を思い浮かべながら目を閉じた。

 ひらり、薄紅色の花びらが水中で踊る。沈んでいく己の身体。思考がうまく働かない。朦朧とする意識の中で、俺は花びらの間にあの人を見つけて必死に手を伸ばした。
 ざあ。花びらが流される。水中での、桜吹雪。一瞬目を閉じてまた開いた時俺の目に映ったのは、此方を向いて優しく微笑むあの人では無く戦場に残してきた三人の馬鹿共が此方に手を伸ばしている姿だった。まだ、生きろと。どんなになっても生きて生きて生き抜いて、己の魂を護りなさいと、あの人にそう諭された気がした。

「――……時、銀時!」
 はっと目を見開く。 地面に寝かされていると気付いたと同時に口から咳が出てくる。それを抑えようと右手を口元へ持っていこうとすれば、その手をがしりと掴まれた。俺の右手を掴んでいる手を目線だけで辿ってみれば、そこには今までに見たことのない必死な顔をしたずぶ濡れの高杉の姿があった。彼のそんな様子が面白くて笑い飛ばしてやろうとしたら、喉から出てきたのは笑い声ではなく咳だった。
 高杉はそんな俺の背中を支えて助け起こし、俺の顔を覗き込んできた。
「たかすぎ」
 やっと喉から出てきた俺の声は掠れていて、とても聞けるような声ではなかった。それでも目の前の彼は俺の言葉を拾おうと必死に聞き耳を立てていて、むしろ此方が可哀相に思えてくる程だ。
 そんなに必死にならなくても俺は死なねェよ、そう伝えてやりたいのに己の喉からはまた咳が出てきたようだ。
 高杉は俺の冷えた身体を温めるように俺をこれでもかというくらい抱きしめてくる。二人ともずぶ濡れなんだからこれじゃ温まるモンも温まらないだろうが、馬鹿。そう言おうとしても口から出るのはやはり咳だけだった。

 季節ではないというのに咲いた薄紅色の花が、またひとひら落ちて川に波紋を作り、水鏡に映った俺達の影を混ぜ合わせた。

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