Aizen

惑乱

 雪が降る。白い息を吐きながら、刀に着いた血を真っ白な地面へと払って目に入ってきた返り血を袖で乱暴に拭い。肩で息をしながら背後から得物を振り翳してきた天人に鞘を振り上げて振り向き様に刀を薙ぐ。切っ先は綺麗に天人の腹を捉えて逃がさなかった。そうしてまた一つ命が戦場で散っていく。深く息を吐いて呼吸を整える。如何やら先程の天人で最後だったらしく、辺りは先程までの戦が嘘の様に静まり返っていた。
「…………」
 今日も、生き残った。生き残ってしまった。ぎり、と歯を食い縛る。今此処に立っているのは己だけで、他は一人残らず地面に倒れ伏し、天から舞い落ちる純粋な白に包まれつつあった。
「…………白夜叉……」
 何時の間にか己に付けられていた異名を呟いてみる。尊敬と畏怖の念を込められて付けられた其の異名が、己は嫌いだった。何も護れやしない己には重すぎるのだ。そう思いながら地面に膝を着く。体力に限界が来たらしい。俺はそのまま地面に寝転がって目を閉じた。

   */*/*

「先生、好きって何?」
 幼い頃、彼の人に聞いた事があった。高杉が頬を赤く染めながら俺に向かって好きだと言ってきたのがきっかけだ。あの頃の俺は己に向けられる愛情など良く分からなかったし、好きという言葉の意味もあまり理解出来ていなかった。怪訝そうな表情をする俺の頭を優しく撫でて、彼の人は笑って答える。
「その人の事をとても大切に思う事ですよ」
「大切……じゃあ、俺先生好きだ」
 俺の言葉に彼の人はふっと口角を上げて手に持っていた湯飲みを側に置いて俺に礼を言うとでもね、と続けた。
「晋助が銀時に言った好きの意味は、銀時が私に言った好きとは違う意味なんですよ」
 其の言葉に、俺は頭に疑問符を浮かべる。彼の人はそんな俺に唯笑って。
「銀時にも分かる時が来ますよ」
 其う呟いた先生の横顔が、酷く嬉しそうに見えた。

   */*/*

「よォ」
 目を開けると、其処には己の幼馴染みである高杉の顔があった。
「…………」
 状況が上手く飲み込めずに目を瞬かせる。高杉は呆れた様な表情で俺を見下ろし、溜め息を零す。
「手前の帰りが遅いから様子を見に来てみりゃ……手前、とうとう頭イッちまったのか?」
 此の雪の中戦場で居眠りなんざ自殺行為だぜ、そう言って喉を鳴らして笑う高杉の腕を掴んで己の方へと引き寄せる。うお、と小さく声を漏らして俺に覆い被さる形で倒れて来た高杉の後頭部に手を添えてそっと唇を重ねた。驚いて目を見開く高杉のくぐもった声が聞こえる。其れが何だか苦しそうに聞こえて後頭部から手を外して唇を離してやった。
「…………こいつァ本当に頭イッちまったらしいな」
 直ぐに身体を起こして口元を手の甲で覆いながら頬を赤くした高杉が呟く。頭の隅で可愛い奴と思いながら高杉と同じ様に上半身を起こして彼の顔をじっと見つめる。
「……何だよ」
 俺から視線を逸らす彼に悪戯っぽく口角を上げ、俺は彼の耳元で囁いた。
「好きだ」
 俺の言葉に、高杉は更に顏を赤く染めて舌打ちを一つすると、立ち上がって身体に付着した雪を払い。
「ほらよ」
 そう呟いて、俺に向かって手を差し伸べてきた。訳が分からずにその腕を見つめていると、痺れを切らしたのか高杉はまた舌打ちし。
「帰るぞっつってンだよ。帰ったら続きしてやらァ」
 彼の言葉に、俺は彼の手を握らずに立ち上がって雪を払いながら歩き出す。
「誰が手前になんざ相手頼むかよ。どうせなら綺麗な姉ちゃんに頼むわ」
 そう言いながら、俺は頬が熱くなっているのを感じた。背後から聞こえた素直じゃねェ奴、という言葉。嗚呼、此れは己の顔が赤くなっているのを確実に見られたか。小さく舌打ちしながら置いてくぞ、と振り向き様に叫べば高杉は喉を鳴らして返事をした。今夜、彼の余裕を如何崩してやろうか。そんな考えが頭を過ぎり、俺は頭を掻き混ぜた。雪はまだ止む気配を見せす、辺りは夕闇に包まれつつある。拠点にしている寺でもう一人の幼馴染みが仁王立ちして待っている様子を思い浮かべ、小さな苦笑が零れた。

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