夜明け
暗い。夜の闇に呑まれそうになりながらも目の前に迫る刃を受け止めて薙ぎ払う。獣の吠える声にも似た雄叫びを上げ、その手に握る刀を血に染めていく。
暗い。
「終わったか」
「……ああ」
ざり、と土を踏む音が聞こえ、聞き慣れた声と共に幼馴染みが此方へやって来る。
「何人逝った」
「わかるかそんなもの。いちいち数えてはおらぬわ」
幼馴染み――桂は、懐から巻物を取り出して広げ、すっと目を細めた。
「いいのかよ、それ」
俺が問うと、桂は一瞬眉根を寄せた後もう必要無い、とだけ言って微笑んだ。
「相変わらずだなヅラは」
「少しは素直になったらどうじゃ」
突然聞こえたその声に振り返ると、こんな場所だというのに平然と煙管を燻らせる高杉と奴にしては珍しく疲れたような笑顔の坂本が此方を見つめていた。
「チッ、生きてたか」
「悪かったな、白夜叉さんよォ」
俺と高杉が火花を散らしていると、坂本がまあまあ、と宥めにかかる。
「……高杉」
桂のその声に高杉は懐から火種を取り出しほらよ、と桂に投げて寄越した。それを合図に俺達はいつの間にか目の前に集められた敵とも味方とも分からない死体に向き直り、目を閉じた。
「せめて……安らかに」
誰が言ったか、その言葉と共に火の粉が空へと舞い上がる。ぱちぱちと音を立てながら燃えていくその色はまるで暗がりから顔を出す太陽の光のようで。戦の後に必ず行うこの行為に始めは戸惑いを感じたものの、今となってはもう慣れてしまっていた。
何も感じないという訳ではない。ただ、その色に己の生と一抹の虚しさを感じては頬に一筋の涙が伝うのだ。
まだ燻るものがあるもののほとんど消えた炎をなんとなく見つめていると、がばりと肩に腕を回された。
「帰るぜよ!今日も生きてたんじゃ、酒ば呑むぜよ!」
「手前それ昨日も言ってなかったか」
「そうじゃったっけ?」
惚けてみせる坂本に盛大に溜め息を吐き、奢りだろうなと問いながら彼の腕を肩から外す。
「帰るぞ貴様等」
「酒全部鬼兵隊で呑まれてもいいなら話は別だぜ?」
喉を鳴らして笑う高杉にこいつならやりかねない、と慌てて坂本が彼らの後を追う。俺も一瞬だけ未だ燻るものを振り返ると三人の後を追おうと走り出した。
*/*/*
もうすぐ陣に着こうという頃、山並みの縁が僅かながらに光を帯び、先程まで騒ぎながら歩いていた四人の足が止まった。その光は段々と強さを増し、辺りを橙に染め始めた。
「……綺麗じゃの」
坂本がそう呟くと同時にその暖かい色は俺達を照らし出し、燦々と輝いた。
「朝焼けの色は、命の色なんですよ」
嘗てあの人が言った言葉の意味が、今なら分かる。これほど「生」を実感出来る瞬間は他にはないだろう。ざあ、と風が吹く。その風に乗せて、声が聞こえた。
「……おはよう」