Aizen

欲と道連れ

 どんよりとした空が垣間見える窓の側、追い詰めた黒い彼の唇を己のそれで掬う。戸惑いと少しの怯えが混ざり合った色を映し出すその己と同じ藍色の目を捉えて悩ましげに目を閉じる。
「……ッ」
 黒い彼もとい黒時が己の肩を弱々しく押す。急な事だったから驚いているのだろう。だが、離してやる気は毛頭無い。そうして唇を重ねていれば、彼の身体がふるりと震えて力を失い床に崩れ落ちるように座り込む。その後を追って己もしゃがみ込むと、瞳に涙を溜めて此方を見つめる彼の身体をそっと抱き締める。
「……」
 何も言わず、何も聞かず。いきなり接吻を施したにも関わらず、黒時はそっと俺を抱きしめ返してきた。怖いのならば拒絶なり非難なりすればいいものを。御前がそんなだから、俺は俺を制御出来なくなる。彼に覆い被さったまま、再び唇を合わせて彼の着物に手をかける。するすると着物を床に落とし、露わになった首筋に唇を這わせてやればびくりと肩を跳ねさせ小さく掠れた声を吐息に混ぜさせる彼は得てして切なく儚げで。ああ、いよいよ俺は止まらない。
「……ッ、ん……」
 無防備に晒されたその白い喉を甘噛みすれば閉じられた目からつうと涙が頬を伝い。その涙を指で優しく拭ってやれば、彼は安心したように目を開いて俺の顔を見て小さく微笑む。まるで小さな子供が浮かべるような笑顔に罪悪感が募る。今の状況は何も知らない彼を己が半ば無理矢理組み敷いているようなものだというのに、彼は文句一つ言わず俺が与える快楽を受け入れ身体を震わせているのだから。
「……!ああ……ッ!」
 それならば、せめて。ゆっくりと、そして優しく。なるべく彼の身体に負担がかからぬように抱いてやろうと。そう思った。
「……ろ、クロ……ッ」
 俺を受け入れる時の苦しさに身体から力を抜けずに荒い息を吐きながら己の愛称を口にする黒時が狂おしい程愛しくて。このまま二人で堕ちていけるのならどんなに良いだろうか。
「ぅあ……ッ!」
 そっと撫でていた黒時の内股から流れるように黒時自身へと手を動かせば彼の口から小さい悲鳴のような喘ぎが上がる。と、同時に固く目が閉じられる。
「……こわい?」
 身体を微かに震わせる彼の耳元で呟いて、その目尻に滲んだ雫を唇で掬う。そうすれば彼は薄く目を開いて大丈夫だと緩く口角を上げる。その反応にまたずきりと良心が痛むが、ここまできて一度外れた枷を掛けなおすには酷く躊躇われた。
「ごめん、な」
 せめてもの償いとして、彼を安心させるような優しい接吻をひとつ。果たしてこの想いが彼に届くかは分からないが、人の痛みを聡明に察する黒時だからきっと理解はされずとも届いてはいるのだろう。否、届いていて欲しいのか。俺はどうしたって「銀時」にはなれないし、所詮クローンという出来損ない。それは黒時も同じ。だが、俺と黒時は決定的に違う部分がある。
「……なに、考えてるの……?」
「……!」
 肩で息をする黒時から、不思議そうな視線が向けられる。いつの間にか俺は黒時に抱き込まれていた。押し付けられた彼の胸から伝わる心臓の鼓動。常のそれよりも速いが、今の己の余計な思考を霧散させるには充分で。
「大丈夫、だから……おれ、クロのこと……ッ!」
 彼が言いきる前に彼の唇に己のそれを再び重ねる。今度は己の内にある激情をぶつけるように。
「ん、は……ッ!ふあ……!」
 激しい接吻を角度を変えて繰り返しながら、黒時の中心を撫で上げる。ぶるりと身震いして接吻の合間に鳴き声を上げる彼は酷く扇情的で。このまま彼を快楽に溺れさせて壊してしまいたいとさえ思える。ああ、快楽に溺れるのは己も一緒か。
「あ、あ……あああッ!」
 一際大きな声を上げ、俺の手の中で爆ぜたそれは俺の手のひらを白く汚した。達した黒時はぐったりと身体を壁に預けて怠そうに目を閉じ苦しそうな息を繰り返す。そんな彼の頭を汚れていない方の手で撫でてやると僅かではあるが彼の顔つきが穏やかになった。
「……」
 この時点で引き返そうと思えば引き返せるのだ。無知な彼のそこに俺という存在をわざわざ教え込まずとも、彼はきっと俺の存在を深いところまで認識しているだろう。
「ねえ、クロ……」
 黒時の己を呼ぶ掠れた声にびくりと身体を震わす。軽蔑、するだろうか。それとも恐怖を感じて俺を否定するだろうか。先程大丈夫と言ってみせはしたが、本当は嫌だったんじゃないだろうか。そう、俺は黒時に拒絶されるのが怖いのだ。
「好き、だよ」
「……ッ」
 小さく。本当に小さく呟くとそっと触れるだけの接吻を彼は寄越してきた。すぐに離れてしまったのは彼の中で羞恥が生まれたからか。
「黒……」
 御前はその言葉の、そしてその行為の意味を承知の上でしているのか。もしそうでなければ……。
「クロ……泣いてる、の?」
「え……」
 黒時に言われて初めて、己の頬に伝う冷たい雫の存在に気が付いた。
「大丈夫」
 黒時に抱き締められ、頭をそっと撫でられる。ああ、そんな事をされたら。せっかく静かになっていた己の激情が、また牙を剥いてしまうではないか。
「……ッ、う……!」
 ぐっと黒時の内股を割り、まだ何も知らないそこに白く染まっている手を添えた。びくりと身体を震わせた黒時は困惑した表情で。
「……大丈夫」
 今度は俺が小さく呟いて、触れるだけの接吻を与えた。ああ、黒時の全てが愛しくて、壊したくて。彼の心が、欲しい。

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