指切り
俺ァ、あんたとした約束も、こいつらとした約束も、違える気はねぇ
だから俺がそっちにいったときは、今度こそ
約束、守ってくれよな
先生――…
『指切り』
ボロボロなままへらりと笑う銀時に、新八と神楽は一度唖然としその場に立ち尽くした。銀時と別れたのは城に入って直ぐだった。爺やを抱え、殿を見廻り組の彼女と月詠と共に努めた彼があの後どんな状態だったかは聞いていなかった。やっと会えたと思えば血だらけで。瓦に寝そべったまま上を見上げる銀時は少しすっきりした表情を浮かべている。
「銀さんっ!」
「銀ちゃん!!」
「…おー…おめぇら…無事か?」
銀時から香る血の香りが濃い。顔色を窺えば、薄暗いせいなのか決していいとは言えないものだ。
「銀ちゃ…」
「…あー…朝日が昇ってらァ…」
神楽の呼びかけに被せるように声を発する。ゆらゆらと揺れる紅眼はじっと己の小指を見つめ、まるでそこを見ているようでどこか遠くを見ているようだった。そばに倒れてる男は一体誰だとか、怪我は大丈夫なのかとか、聞きたいことはいっぱいあるのに、彼の纏う空気がそれを拒んでいるように感じた。彼につられるように朝日に目を向ける。オレンジ色の優しい色だ。
「…約束…だ」
聞こえるか聞こえないかくらいの声だった。ハッと銀時に目を向ければ目を閉じており、ぐったりとした姿にサッと血の気が引いていく。
「っ…銀ちゃん!!」
「…あ?」
慌てて呼びかければうっすらと目を開けてだるそうな返答があった。どうやら目をとじていただけのようだ。
「とにかく早く銀さんを下に降ろさないと」
「銀ちゃん立てるアルカ?」
両方から腕を回し子供たちに銀時は小さく微笑い、昇った太陽に目を細める。朦朧とした意識に己を心配する二人の声が遠く聞こえる。
(先生・・・)
脳裏に師の姿が浮かび、その口元が微かに笑みを象ったのを感じると同時に意識を闇へと放った。
ずんっと重さを増した身体に慌てて支えなおした新八は声を上げようとして神楽にそっと制止された。何故?と目で問えば、顔を見ろと目で返される。血濡れで全身傷だらけの彼の顔は、それに似合わずとても穏やかだった。思わずこちらも微笑んでしまうほどだ。しかし、笑っていられるほど銀時の傷は浅くない。今もなおその傷口からは朱が溢れている。早く手当てをしなくてはならない。吐血の後をあるため内臓にも傷がある可能性も考えられる。肩に回した腕をしっかりと抱えなおし、3つの影は、地上へと戻った。
約束、その一つの言葉が如何に強い鎖なのか、次郎長との件で身に染みるほどわかっている。その相手が自分のとってかけがえのない人なら尚更だ。
みんなを護ってあげてくださいね
そういって行ってしまった師をただ見送るしかできなかった自分。すぐに戻ってきますといったあの人は、首だけとなって帰ってきた。もう何を見るべきなのかさえ分からなくなってしまった感覚は今でも鮮明に覚えている。江戸城で再び会った白い烏は、腐った男は、変わらず腐ったまま。腹立たしさを超えて憎さまでも超えるほどに、そのままだった。動かない身体に、また自分の無力さを感じた。このまま、また失うのか。また自分は何も護れないのか。そんな思いが駆け巡り、歪む視界の中、信じてもいない神に動け、動けと頼んだ。腐った世の中だと思っていた世界は、一概に捨てたものではなかった。将軍の意外な行動、否、茂々は他の重鎮とは違う、腐った連中とは違う光るものを感じていた。それは、彼らにも言えることでもある。真選組の協力、何を考えているのか読めたものではないが見廻り組の働きもどれもこれもが予想の範疇を超えていた。それでも嬉しかったのもまた確かだった。
脳裏を巡る回想から、ふと目を開けると辺りは薄暗く見慣れた天井が目に入る。ぼんやりと焦点のあわない目はゆらりゆらりと彷徨う。カラリと静かに開いた襖に目を向ければ、驚いたような、それでいてどこか安堵したような顔をした新八がいた。
「目が覚めたんですね、よかったぁ。銀さんあの後全く目を覚まさなくって…心配したんですよ?意識はしっかりしてますか?僕が誰かわかりますか?」
「…雑用メガネだろ」
「だれが雑用メガネだ!…ったく、大丈夫そうですね」
「…あれから…どうなった?」
自分の記憶では、朧と名乗る男を倒し、子供たちを合流したところまでしか記憶にない。子供たちと合流した時の記憶さえ曖昧である。
「今はそんなことより、怪我の回復に意識をむけてください。あんた重傷なんですよ?」
「…わかってらァ」
部屋に入り、水を張った桶に手拭いを浸し、銀時の額に乗せる。ひんやりとした冷たさが心地よい。ふぅ、と無意識的に息を吐くと、隣でくすっと笑う気配があった。
「まだ熱があるみたいですし…銀さん何か食べられそうですか?薬を飲むにしても何かお腹に入れた方がいいと思うし」
「あー…そうだなァ…」
「お粥、作っていますけど」
「…おー、じゃあ少し食うわ…」
だるそうにしながらひらりと手をふり、またぼんやりと天井を眺める銀時に、わかりました、と告げ新八は部屋を後にする。目を覚ました彼は、まだどこか気を失う前と同じでどこか遠くを見ているように思えた。カチリと火をつけ、作っておいた粥を温める。居間で定春と一緒に寝息を立てる彼女が、銀時が起きたら自分が食べさせてあげるのだと一生懸命作った粥である。普段は生卵を白ごはんにかけるだけの料理と呼んでいいのかすら怪しい料理しかしない彼女が台所に立つ姿はとても微笑ましいものだった。ぐつぐつと煮立ってきたのを見計らい火を止め、部屋へと運ぶ。相変わらずぼんやりとしているが、先ほどよりは意識がしっかりとしてきたのか、視線は一か所を見つめていた。
「銀さん?お粥、持ってきましたよ」
「おー…あだだだだ、なにこれ身体めちゃくちゃ痛いんですけど」
「そりゃそうですよ、肋骨折れてるんですから。足もどんな攻撃受けたのか知りませんが全治2週間だそうですよ」
「まじでか」
げんなりとする銀時の身体を支え、上体を起こす。お粥を渡せば、おお、と感嘆する。
「それ、神楽ちゃんが作ったんですよ」
「あいつが?…卵かけごはん以外にも作れんじゃねーか」
「まぁ、卵粥なんですけどね」
「はは、まぁな」
ひと掬いし、ふーっと息を吹きかけぱくりを頬張る。もごもごと口のなかで味わい飲み込んだ銀時は、小さくうめぇ、とこぼし微笑う。
「それ、神楽ちゃんに言ってあげたら喜びますよ」
「そんなこといったら、これから数日卵粥がつづくだろーが」
「あはは、それはちょっとやだなぁ」
「…ま、でもそれもいいか」
そういってまた一口と、粥を食べる。ほんのり甘い優しい味にまた笑みがこぼれた。
指切り
(銀ちゃん!!!起きたアルカ!!)
(うがっ!いてぁだろうが!!飛び乗るなっ!降りろっ!)
(もうあんたはどんだけ私を心配させれば気がすむのっ!!このドラ息子おおお!!)
(ぎゃあああああ!!新八ぃいい!!助けてくれえええ!)
(神楽ちゃーん、銀さん、神楽ちゃんのお粥美味しいって言ってたよ)
(っ!本当アルカ!銀ちゃん!!)
(…おう)
(えへへ、また私が作ってやるネ、約束ヨ!)
(ああ…)
(ゆーびきりげーまん――…)
END.
相互記念に月華の夜叉月銀華さんから頂きました。
素敵な万事屋ありがとうございました。これからもどうぞ仲良くして下さい!