Aizen

雪鬼

 彼奴を見つけたのは、しとしとと雨が降る冬の逢魔が時の事だった。何と無く立ち寄った神社、其の境内にぼうっと朧気に光る存在。銀色の髪をしとどに濡らし、深紅の瞳を滴を零す天に向けて。神秘的な幼子は、唯其処に佇んでいた。

「たかすぎ?」
「嗚呼」
 神社の境内で見つけた幼子は名を銀時と言った。数年前から神社に住み着いているらしく、どんな日でも俺が尋ねると必ず顔を出し、年相応の笑顔を浮かべて手招いてくる。今日は俺の名前を聞かれたので教えてやったら、覚束無い口調で繰り返した。
「ねえ、たかすぎ」
 その日の夕暮れ、そろそろ帰ろうかと腰を上げた時、銀時が俺の着物の裾を掴んで呟いた。彼の目線に合うように身体を屈めてどうした、と問えば。
「たかすぎは……おれのこと、わすれないで」
 俯いて震えながら言葉を紡ぐ銀色の幼子に内心疑問を感じながらも幼子の頭を撫でて口を開いた。
「大丈夫だ、安心しなァ。忘れやしねェよ」
 俺がそう答えてやれば、銀色は儚げに笑って。ありがとう、と消え入りそうな声を出した。

  */*/*

 朝になり、ひんやりとした空気に身震いしながら庭に続く障子を開ければ、案の定雪が降っていた。純粋なまでの白に、彼奴の髪を思い出す。雪が意外と深いから、銀色が居る神社まで行くのは難しいかもしれない。雪解けまで待つしか無い、か。そう思って障子を静かに閉めた。雪に紛れて銀色の幼子が此方をじっと見つめていた事に、俺は気付かなかった。

 ふわり。頬に、冷たい感触。温もりが感じられないけれど、其れは確かに小さな人の手の形をしていて。其の手の上に熱を分け与える様に、俺は目を閉じたまま自らの手を幼い手に重ねて大丈夫だと譫言の様に呟く。重なった手のひらの上に、ぽたりと冷たい何かが流れ落ち。ごめんねたかすぎ、と小さな言葉が聞こえた気がした。

   */*/*

 時は過ぎ、雪はすっかり解けて庭に薄紅色の花弁が舞い散る季節になった。俺は何時もの様にあの銀色を求めて神社へと足を運んでいた。
「…………」

 神社は、跡形も無く消えていた。まるで最初から神社など無かったかの様に、其処にあるのは寂れた空き地のみ。
「たかすぎ」
 ふいに、彼奴の声がした。辺りを見回しても彼の姿は無い。空耳か、そう思って踵を返そうとした時。視界の隅に、ぼうっと光るもの。ばっと勢い良く振り向いてみれば――。

「         」
 桜の花弁に捕らわれた幼子が、何かを呟いて微笑んでいた。嗚呼、そうか。彼奴はもう……。
「……逝くのか」
 静かにそう問えば彼は切なそうに頷いて。音にはせずに口だけを動かして、ありがとう、と。笑って薄紅色に霞む様に消えていった。

  */*/*

 銀色の幼子が消えてから何度目の冬が来ただろう。俺は未だに彼の事を忘れられないでいた。
「寒ィ、な……」
 白い息を吐き、寒さに身を震わせながら庭に続く障子を開ける。目の前に眩しい程純白の世界が広がって。そして、其処には。

「……よォ」
 久しぶり、だな。

戻る