Aizen

雪桜

 桜の樹の下には、夢が眠っている。そう、彼の人が言っていた気がした。遠い昔の、色褪せた思い出。
「夢、ねェ……」
 ぽつりと声を空中に落として目の前の大きな桜を見上げる。風に流されて天を滑って行く花弁達に宿るのは果たして夢か絶望か。両手一杯に抱えた白い塊を、今からこの薄紅色の下に誰にも知らせずに埋め様としている己が酷く残酷に思えた。
(後で、彼奴等に謝らねェと、な……)
 瞼を伏せて白を抱える腕の力を強くして。ぐ、と歯を食い縛って魂を掻き乱す激情を鎮め様とゆっくりと深呼吸して。そして、顏を下に向けて抱き抱えている塊に囁きかけた。
「俺にとっちゃ……あんたが夢だったよ」
 ざあ、と一際大きな風が辺りを駆け抜ける。所々赤く染まった鉢巻が空中で踊り、べっとりと紅色に濡れた陣羽織がばたばたと音を奏でて。血で己を犯しながら辿り着いたこの場所で、己は己の夢を桜の樹の下に埋めるのだ。そう、まるで彼の人の言葉を現実にする様に。

 膝を折って地面に座り込み、先程まで刃を振るっていた手で大地に触れて土を少しずつ崩していく。上から雪の様に舞い落ちてくる薄紅が頬を掠めて手元に積もり。其れが、何故だか酷く冷たく感じた。


   */*/*


 吐く息が若干白い。戦装束しか身に着けていない身体が震える。小さな鋭い石に傷付いた指先、土だらけの手の平が鈍く痛みを訴えた。暖かな春とはいえ、今は丁度花冷えの時期だ。此処に来た頃は昼を過ぎた頃であったからまだ良かったものの、空が鮮やかな橙色に焼かれている今では寒さで凍えてしまいそうで。
(もう、こんな時間帯か……)
 心の中で小さく呟いて、傍らで己が地面を只管掘る姿を眺めていた其れを手に取る。そのまま心臓の位置で抱き締めて瞼を閉じた。
「……なァ、聞こえるか?この心臓の音……」
 どくりと脈打つ其れの鼓動を抱き締めているモノに聞かせる。白い布に包まれた其れは温度を持たず唯冷たく其処に存在するだけで。それでも、聞かせたかった。聞かせずにはいられなかったのだ。
「――俺ァ、生きてる」
 生きてるんだ、と僅かに口角を上げ。閉じた瞳からつうと伝ったものに気付かない振りをして、つい先程作り出した小さな空間の中に白い塊をそっと落とす。暗闇に吸い込まれた其れの上に陣羽織を脱いで被せて。その上から土を掛けてしっかり固め、少し盛り上がらせて抜き身の刃を突き立てれば全てが終わる。
「……左様なら、先生」
 此処が、あんたと白夜叉の――。


桜の樹の下には様提出

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