Aizen

残照

 雨が降る。身体を容赦無く叩いていく其れは、鋭い冷たさを持ってして己が心を貫いていき。雨に落とされて宙を滑っていく薄紅、背後に存在する錆びれた刃と一本の大きな樹が、何故か何処か遠くに感じた。
――嗚呼、冷たい。


 幼い頃から、己の背中に孤独がしがみ付いて離れなかった。銀色の髪に紅色の目という見た目が原因だろう、周りから嫌悪の眼差しが向けられる事が多く。己はそっと瞼を閉じて浴びせられる視線を遮断し、聞こえてくる言葉は耳を塞いで聞こえない振りを。
 そうしてずっと独りで生きてきた為に、差し伸べられた温もりが酷く怖く感じたのだ。
「大丈夫ですよ」
 そう囁いて、身体を固くして震える己の身体を優しく包んで背中を擦ってくれたあの人。彼は、己にとっては太陽の様な存在、暗闇に差した一条の光であった。初めて、護りたい存在だと思えたのだ。なのに、それなのに――。

   *

「…………」
 ゆっくりと瞼を持ち上げる。蒸し暑い季節には有り難い夕方の涼しい風が己の髪を僅かに揺らした。万事屋よりはるかに快適な志村家の縁側、その隅に腰を下ろして空を見上げている内に何時の間にか眠ってしまったらしい。ふあ、と欠伸を零しながら立ち上がろうと身体を動かせば、ぱさりと音を立てて何かが床に舞い落ちた。
「……?」
 視線を下へと動かしてみれば、其処には年季の入った淡い色合いの羽織りが佇んでいて。
「起きたかィ?」
 膝を折って屈み、羽織りを手に取って眺めていると、頭上から聞き慣れた声が降ってきた。 「……ババァ」
 立ち上がって如何して此処に居るんだと視線だけで問えば、彼女――お登勢は御前の所のガキさね、と呟いて己の手にした羽織りに腕を伸ばす。
「偶には休んでくれって聞かないもんだから、今日一日だけ休みを取ったのさ」
 こういうのも捨てたもんじゃないねぇ、と羽織りを己の手の中からするりと取り去って煙草を吹かすお登勢。彼女を見ていると、ふと頭を過ぎる事があった。
(……俺は、ちゃんと、護れているだろうか)
 彼女の昔馴染みと刃を交えたのは未だ記憶に新しい。
「御前は御前の約束の為に」
 そう言って、お登勢の昔馴染みである次郎長の刃を、約束を砕いたのは己。けれど、斬られたかったのは己の方なのかもしれない。あの人との約束とお登勢の旦那との約束、この二つが己の首を緩く絞め上げるから。
 苦しい、けれどこの苦しさが無いと己は生きていけない。まるで一種の麻薬の様だ。

「……き、銀時。聞いてるのかィ?」
「……え、」
 如何やら深く考えすぎていたらしい。お登勢が眉を顰めて己を見つめてくる。
「銀時、アンタ……」
「……何だよ」
 彼女の態度に身体を固くしていると、お登勢がすいと目を細めて己の紅玉を視線で貫いてきて。其の深い色に、目が離せなくなった。
「銀時」
 彼女の瞳の奥、薄らと滲む光の中で、あの人が微笑んで己の名を呼んだ気がして。
「……ッ」
 一歩後ずさった己に、お登勢が不思議そうな顔をして如何したんだい、と言葉を紡いだ。そんな彼女にはっとして否、と声を漏らす。
「何でも、ない」
「……ならいいんだけどねえ。そうだアンタ、暇ならちょいと手伝っておくれよ」
 先程の表情から一転、顏を明るくしたお登勢は手にした羽織りを自らの肩に掛けて踵を返し、己に用件を伝えてさっさと姿を消した。


   */*/*


 ぱちりと音を立てて火花が暗闇を踊って消えていく。以前、己の師が花火は人の命の様だ、と言っていた事をふいに思い出した。少し離れた所から子供達の楽しそうな声が鼓膜を優しく揺すって。お登勢は己と同じ様に縁側に腰掛けて線香花火を眺めている。
(…………嗚呼、)
 そうか。己はもう――。

「銀時」
「あ?」
 隣から聞こえたお登勢の声に反応し、静かに続きを待った。
「人の命みたいに思わないかィ?これ」
 彼女は線香花火をまるで母親が赤子を見守る時の様な眼差しで見つめる。
 そんな彼女に、己は目を細めて口角を上げ、星が僅かに煌めく空を見上げて呟いた。
「嗚呼、そうだな」


pixiv内企画「映画公開記念エアアンソロ」様提出

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